「昼休みくらい、ゆっくりしていいのに…」
「歯磨きしたいな…」
「自分も昼休みだよね??」
そう思いながらも、いつの間にか子どもと行事に向けて練習していたり、補習をしていたり。
気づけば、自分の休憩も取らずに働き続けていました。
今回は、そんな私が“休み時間・放課後の指導”をやめてみて気づいたことをお伝えします。
「やめた」ことで、子どもにも自分にも良い変化がありました。
そもそも、なぜ休み時間や放課後に指導していたのか
・「少しでも力をつけてあげたい」
・「本番までに仕上げなきゃ」
・「空いている時間を有効に使いたい」
教師として当たり前のように感じていたこの考え方。
私自身も、陸上大会や学習の遅れを補うために、昼休みや放課後を使って子どもを呼んでいました。
一見「熱心な先生」ですが、よく考えると——
それは子どもの休み時間を奪い、自分の心の余裕も削っていたのです。
「やめた」きっかけと、その後の変化
以前、私は落ち着いた学校に勤めていからかもしれませんが、休み時間はいつも子どもと遊ぶことにしていました。
そうすることで、自分の心にも余裕ができるし、児童理解も進みました。子どもと遊ぶことは本当にいいことだと思います。
しかし、学校が異動となり、新しく赴任した先では、「プリントやドリルの直し」を中心とした休み時間中の指導がわんさか…
自分の昼休みも取れない上に、子どもの昼休みも奪っているという最悪の状態でした。
そして、気づいてしまったのです。
時間を奪って直させたところで、全く力になっていないことを…
「本当にこの時間、子どもにとって必要だったのかな?」「そもそも自分も休み時間だよな?」
そんなふうに思うようになりました。
それから、
「授業時間の中でできるように工夫しよう」
「時間内で成果を出す練習をしよう」
と、考え方を変え、実践していくことにしました。
結果的に——
授業の密度が上がり、放課後の時間も増えました。もちろん、心に余裕も生まれるようになりました。
何より、子どもも自分も“自分の時間を取り戻した”ように感じました。
やめても成果は落ちなかった
最初は「子どもに力がつかないかな?」「練習量が減ったら結果が下がるのでは?」と心配でした。
でも、実際はそうではありませんでした。
・限られた時間の中で集中して取り組む姿勢が育った
・子どもたちが自主的に動くようになった(やる気のある子はそもそも自分で動く)
・教師も冷静に授業を振り返る時間を確保できた
・部活動同様、クラブチームなどの外部団体に任せ、負担軽減
「やめる=手を抜く」ではなく、
「やめる=仕組みを整える」ことだったのだと実感しています。
先生も子どもも、“余白”があるから伸びる
教員の仕事は、「どれだけ時間を使うか」ではなく、
「どんな時間をつくるか」。
休み時間や放課後の指導をやめたことで、
私自身、心にも時間にも余裕が生まれました。
そしてその余裕が、
結果的に子どもたちにも良い影響を与えています。
「がんばりすぎない指導」こそ、
これからの教育現場に必要なのかもしれません。



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